症状

昨年の学校の視力検診で、一度当院を受診していたB君(10歳)が、「今年も学校の検診で眼科の受診をすすめられた」ので診て欲しいと言って、おばあちゃんに連れられて来ました。昨年と違い、裸眼視力(眼鏡をかけない時の視力)も悪いのですが、どんなに眼鏡の度数を変えてみても、矯正視力(眼鏡をかけた時の視力)が(0.3)程度しか出ません。昨年は矯正視力も(1.0)以上あり、裸眼視力もかなり良かったので「軽度の近視だが眼鏡をかけるほどではない」と判断していました。屈折異常の程度も昨年とそう違わないので、日を変えてもう一度視力検査を行うことにしました。しかし結果は変わりませんでした。

◯ 屈折矯正しても視力が出ない場合、眼球そのものに何か病気がないか検査しますが、何もみつかりませんでした。
◯ 昨年の矯正視力は良かったので、弱視も考えられません。
◯ この時点で、「心因性視力障害」を疑うことになりました。

背景

気になるのは、いつも付添がおばあちゃんでお母さんが来られていないこと。おばあちゃんにお聞きすると、どうやらお母さんは仕事が忙しくて帰宅も遅い様子。さらに生まれたばかりの赤ちゃんにかかりっきりで、B君に関わる時間も十分には取れないために、B君の通院はおばあちゃん任せになっているようでした。 本人に話を聞くと、あまり元気がなくて口数も少ないのに、お母さんの話が出たときだけ「知らない!」と過剰に反応します。ここにB君の葛藤があるのでは?と推測して、おばあちゃんからお母さんに、次のの3点を伝えてくださいとお願いしました。
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(1)しばらくは、お母さんに早く帰って来ていただき、B君に声をかけてもらうこと。
(2)寝るときには、手を繋いであげること。
(3)B君の小さいころのアルバムを見せてあげること。

自分も小さいときは赤ちゃんと同じように抱っこされたり、愛されていたことを認識してもらうため。

(※注)以前、吾郷 晋浩先生(当時、国立精神・神経センター国府台病院心療内科)の講演でお聞きした方法で、「アルバム療法」と言われていました。

結果

2週間後には矯正視力が(0.9)まで上がり、短期間にかなりの回復が見られました。

考察

私は眼科医として『眼球という肉体に現れる病気』に取り組んでいるわけですが心因性視力障害のお子さんに出会うと、心(見えないもの)が視力(数字に表される見えるもの)に与える影響があり得ると教えられている気がします。ひょっとすると、大人の眼病でも深いところでは、精神的な状態が目の状態に影響を与えているかもしれないと感じます。

これからも、患者さんに寄り添い、そのかそけき声に耳を傾けることの出来る医療者を目指してゆきたいと願っています。